【下関市】158年の時を超え、龍馬が見た風景は、今も。

2024年赤間神宮にて撮影
週末に、なんとなく足を運ぶ赤間神宮やカモンワーフ。

2024年カモンワーフにて撮影
しかし、そのすぐ近くにある「本陣伊藤邸跡」、坂本龍馬が実際に暮らした歴史の舞台に足を運ぶ人は意外に少ないのではないでしょうか。

2025年伊藤本陣跡にて撮影
伊藤家は江戸時代、長府藩の本陣を担った名門で、西暦1866年頃の幕末には、坂本龍馬とその妻・お龍が滞在した場所でもあります。

2025年伊藤本陣跡にて撮影
龍馬はここで、「自然堂」と名付けた部屋を拠点に、未来への構想を練り、激動の時代に向けて行動を起こしていました。

2025年伊藤本陣跡にて撮影
そして、この地は、坂本龍馬が暗殺されたという悲報(西暦1867年11月15日)が、お龍に届いた瞬間が刻まれた場所でもあります。

2025年伊藤本陣跡にて撮影
それからおよそ158年が経過した現在(2025年5月)は、石碑と案内板が静かに歴史の足跡を伝えるのみの、落ち着いた場所となっています。

2025年伊藤本陣跡にて撮影
時折風が運ぶ昔の物語に耳を傾けると、この町が、全国から人々が訪れたくなるような深い歴史を持つ土地であることを改めて感じることができるのではないでしょうか。

2025年伊藤本陣跡にて撮影
多くの人が観光地として訪れる下関の街の物語を、自分たちのものとして感じると、日々の風景がどこか特別に見えてくるかもしれません。

2025年伊藤本陣跡にて撮影
週末のひととき、赤間神宮やカモンワーフからほんの数分足を延ばして、この場所を訪れてみてはいかがでしょうか。

2025年伊藤本陣跡にて撮影
本陣伊藤邸跡は、地元の人々だからこそ心の奥で静かに感じられる「歴史の記憶」が眠る場所です。
お龍さんが、坂本龍馬の悲報を聞いたという、本陣伊藤邸跡こちら↓